転校生(2010.03)


残雪の越後富士そびえる麓の小さな町に家族みんなで移り住んだのは、
私が11才になる年の春でした。

その年の冬は19年振りの大雪で家々の周りにはまだ2メートル近い雪の壁が残っていました。その壁の間を大きな引っ越しトラックは縫うように通りぬけ、私は“まるで白い迷路の町みたいだ”と思ったのを思い出します。初登校の朝は気温が上がり生まれてはじめて霧というものを見ました。雪壁の白と合わさって一寸先さえ真っ白で何も見えず雲の中を歩いているかのような不思議な感覚を覚えました。
どんな暮らしがはじまるだろう・・友達はできるだろうか・・。期待感よりも大きな不安が募ります。「いくちゃんならすぐお友達できるよ!」とクラスのお別れ会で担任の先生はそう言ってくれたけど、なかなか器用にはいかなかったと思います。元来、明るくおてんばで天真爛漫な性格のように思っていましたが知らない土地へ来てみたら以外に小心で、勇気を振り絞って積極的になるものの空回りし、完全に孤立したり突っぱねたり再び孤立を恐れ好かれたくて顔色を伺い周りに合わせた調子のいい自分が出てきたかと思えばこんな田舎つまらないとどこか斜に構え他を馬鹿にして観ていたり・・。思春期特有の色々に翻弄されどこにも自分というものの無い私でした。あの頃に私の中で育った軸の無い根っこの無い感じをなんと云ったらいいだろう・・。虚無感のような黒いモヤモヤとした孤独感のようなものとはあれから長いつき合いをしてきたと思います。

落葉し、雪が降り、それでも私はスキーとの出逢いによってこの町との距離がぐっと近くなります。教えてくれたのは近所の同級生たちでした。滑っては転び滑っては転びゴンドラ1本に3時間、霧がかかり陽も暮れゲレンデには私たちしか居なくなってしまいました。とにかく夜が来る前にどうにか下りなければいけません。ようやく麓のペンション街の灯りが見えてきたころ私はやっとコツをつかみ曲がったり止まったり出来るようになっていました。なんだか雪と友達になれたみたいで、ほんとうにうれしかった・・。それから夢中になって毎日のようにゲレンデへ行きました。吹雪の時もひとりの時も、受験のときも行きました。ゲレンデには色んな思いが転がっています。 ですが、仲の良い子ができても楽しくても私の真ん中にはいつもあの黒いモヤモヤとしたものがあって、それは得体の知れない恐怖や寂しさとなっていきました。

高校を卒業してなんのためらいもなく意気揚々上京するわけですが、私は新しい街でも同じことを繰り返してしまったと思います。どこに居ても“よそ者”の意識があり、心を開かず温かい好意も素直に汲めずにひとりのときも大勢のときも結局は自ら孤独に過ごしてしまうところがあったのだと思います。東京で力尽き絶望し病気も患い、変わり果てた自分を受け入れることができずにこんな姿ではもう人前に出られないと失望していました。まるでくたくたのボロ雑巾みたいで(言い過ぎかな^^;)行き場なく、コンプレックスを抱いたままのこの町にしかたなく戻りますが“負けては戻れない”という思いが強くありました。“ずっとここに居るつもりはない”と拒みながら長い長い月日をほとんど人に会わず私はあの黒いモヤモヤの中にすっぽりと入ってただ息だけをしていました。



どうやって元気になったの?と聞かれたとき、真っ先に心に浮かんだのは、なぜか11才の春この町へ越して来たときに初めて見た残雪の越後富士の姿です。それから、頬をなでる風や新緑の匂いや夕空、母が作ってくれたごはんや無言で抱きしめてくれた父、なににも触れないでただ笑ってくれた近所のおばちゃん、言いにくいことを言ってくれた友人、信じて見守ってくれた人たち・・。たくさん、たくさん温かさと共に浮かんできます。越後富士はどこにいてもいつもなぜかこの胸にあり、見守られているような感覚が私の奥深くでつよく支えになっていることを知りました。そして星空・・。黒いモヤモヤの暗闇から見上げる星空はまるで奇跡のようでした。天の川や流れ星の見える星空を見上げていると、こんなに無数にある星々の中で地球という星に生まれ、自分という存在があり、この星に唯一のあなたに会えたことがたまらなくうれしくなって走り出したくなります。

この世界に自分の物など何ひとつない。失う恐怖から孤独を選んできたのだろう。でも思えば風や木、歌、夕空や星たちが誰のものでもないように、人もまた得るものでも失うものでもなかった。ただ感じればいい。ただ愛したらいい・・。
人がみなひとりであることに変わりはないだろう。でも“ひとりである”ということと“孤独である”ということは同じじゃないと友達が教えてくれました。そして振り返り“友達って人間だけじゃなかった”ということを私は思い出します。 風や木、夕空、雪やスキーも、歌や星たちも、みんな友達でした。そして、敵だと思っていたあの黒いモヤモヤも、傷ついた私をそっと守ってくれた友達でした。






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—追伸—

雲も 風も 葉っぱも ミミズも 星も 花も 人も 森も 鳥も 闇も 夕焼けも、そこに差異はなく、壁もなく、すべてが同等に存在し手をつないでいる、そんな風景を思い「和」(やわらぎ)という歌ができました。「和」の中に登場する色々はきっとみんな“ともだち”です。
そしてもう1曲「恋」は、満開の夜桜をみていたら、猛烈に恋をしているひとりの女性にみえてきて私は感動して気づいたらはらはら泣いていました。そんな瞬間にできた歌です。
このように歌をお届けできることが、ほんとうに、ほんとうにうれしいです。
みなさんありがとうございます。
どうぞ、聴いてやってください。
                    2010、3月 「和」に添える
                              いくのふ☆




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photo:KAB. 
ikunov