あなた と わたし の間でつなぐ手(2008.11)


 朝露光るアメ色の楓の落ち葉をめくると、ナラ茸のキノコたちがにょきにょきと顔を出し背伸びをしています。昨日見たときは気配さえなかったのに一晩でこんなにも大きくなるなんて!私がのんきな夢を見ていた夜更けにさてはトトロが来たかな?!などといい年をしてうれしくなってにやけてしまいます。今年もお茄子や里芋と一緒にキノコ汁にしていただきました。ごちそうさまでございます^^

 さて、私の母は毎年この季節になるとナラ茸のお目見えを合図にひとりいそいそ熊も住む森の中へと出かけていきます。森には天然のナメ茸やヤブ茸ヤブしめじ、運が良ければ天然の舞茸にも出合えます。とてもおいしいので母にはもうしばらく引退せずにがんばっていただきたい思いもありますが危険も多いので心配です。少し帰りが遅いと蜂にでも刺され白目を剥いているのではないか・・、もしくは熊にばったり遭遇して平手打ちにでも合い気絶しているのではないか・・などとソワソワしてしまいます。

 母は(父も)このご時世いまだ携帯電話を持っていません。安否を確かめるにはこちらから探しに行くしかないです。周りの方からも“そろそろ持たせたら?”と心配していただくのですがふたりに“そろそろ持ちましょうか?”と言うと口を揃えて“要らない要らない”と頑なです。心配は尽きないのですが同時にケータイするということを知らないでいるのもいいなぁという気持ちもはたらいてそのままにしています。

 そういう私も5,6年ほど前まではケータイおろかPCさえ持っていなく会う人ごとに驚かれ不便がられていました。それでも堅気な社会に属していなかったのもあって生活に大した支障もありませんでしたしむしろこの世から携帯電話などひとつ残らず破棄すべきだと思っていました。 想えばこんなこともありましたっけ・・^^:

 当時、某ケータイ電話会社提供のラジオ番組で、「最近は好きな人への告白にケータイメールがひと役かっているんですって!高木さんどうですか?メールでの告白?^^」とDJが振るので(台本には「へえー!素敵ですね!」(←高木コメント)と書いてありましたが・・)思わず「ナンセンスだよ!気持ち悪いよ!会って言わなきゃ!!」とお腹の底から訴えてしまい、番組終了後私の発言に対しスタッフもゐさおちゃんも巻き込み頭を下げ謝るといった事態もしばしばでしたーー;
久しぶりに顔を合わせたというのに向かいで忙しくメールを打つ姿・・、
お休みの日のドライブ中の会社からの着信・・、
会話も弾むはずの素敵なレストランでケータイ片手に黙ってフォークを口にはこぶ家族連れや恋人たちの姿・・・、

 大きな違和感に不安を抱きながらも進化(=退化かもしれません)を止めることはできないのです。時代の最後尾に取り残されても屈しない思いがありましたがそんな私も変われば変わってしまうものです・・。今ではケータイ電話1台とPHSを1台持ち歩いています。道を歩きながら食事をしながら誰かとおしゃべりしながらもメールを打つこともありました。(←今は気をつけています!)ケータイが悪いのではないのです。携帯している私の意識の問題なのだと思います。電話もメールも道具であって便利に使えばそれでいいのですね。 でもどうでしょう・・・。自分を振り返るとメールで大切な話しをし、メールで売られたケンカを買ってしまい、面と向かって言いにくいことを済まされ、メールで謝り謝られ、気持ちが通った気になっていたりなられていたり、さっき言われたことを今考えてる最中に間髪入れずにまたメールが入り、こちらもこちらで返事がないと気になり、道具であるはずの物に完全に翻弄されていることがあります。便利な道具のはずがすれ違いや誤解が生まれ、また時には淋しさを埋めようとする道具になっていることもあります。

みんな、上手くかしこくやっているのかな・・?
私は何度かこのような壁に当たり携帯することをやめようか・・と思うことがありましたが人との繋がりを一方的に拒むことにもなり身勝手に思い改めてきました。
たとえば私のような人とのつき合いについ真っ直ぐになりがちな不器用な人が持つには少し注意が必要、ただそうゆう話なだけなのかもしれませんね・・。 
でもやはり恐いのは、メールは相手の顔が見えず声もないことです。
簡単に嘘もつけますし、一方的になりやすいです。
面倒になったり都合が悪くなったりした時、一瞬でシャットアウトすることもできます。
人と人とのコミュニケーションの中でこんなに悲しいことはないと思うのです。
大切なことばは会って伝えよう。ひとりの時間に人は相手を思うもので、不安や孤独の時間にこそ育つものがありますね。
なんだかこれを書いていたら単に私の弱さにも思えてきました^^;
今更ながら、自分を見失わないように、大切なことを失くしてしまう前に、見つめ直してみようと思う今日この頃です。

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拝啓
親愛なるMy best friend.
元気ですか ?
ちかごろ 「間」がなくなってきました・・

人と人とのあいだには 間があるからわたしたちは人間で
この間にあるものはきっと 孤独、だね

時と時のあいだにも 間があるから時間は流れているんだね

孤独からおもいやりが生まれて 
時の間でわたしたちはゆっくりやさしさを思い出だすだろう・・

大好きなあなた と わたし の埋まらない間に涙がはこばれて
ぽたぽた ぽたぽた こぼれたら
ホントの気持ちを聞かせてほしい
少しくらい、傷つけ合ったって平気さ !

親愛なるMy best friend
この手紙が届いたら
いつか会いに来てくれるかな・・

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—追伸—
かつて、書を捨て街へ出よう!と謳ったのは寺山修二さんですが、
ケータイ置いて旅にでも出よう!といったところでしょうか^^;
紅葉も身頃を終え寒さが身にしみる季節になりました。
そろそろデモ制作はじまります^^☆