蝉(2008.09)


 窓をあけると緑の香とふんわり冷たい風が湯上りの頬に気持ちいいです。
気の早いコオロギが鳴いています。ついこの間までは陽が翳ると蜩(ひぐらし)がカナカナと鳴いていました。暑いのは苦手ですが夏の日の夕暮れに蜩の鳴く声に甘えるように畳にうたた寝するのは、体の芯からホッとできる至福のひとときです。
今夜は月明りで山々の輪郭がくっきりと、その上には雲がふたつぽっかり浮かんで見えます。
ずっと、私の心の支えになってきた山です。

ステージを降りてからもうすぐ7年の月日が経つでしょうか。
7年て・・、長いですね・・。私は蝉か??!と自分で突っ込んで思わず笑ってしまいましたが・・、でもあながちはずれではないかもしれません・・。
飛び立ったのではなく、蝉のごとく土の中からはじまったのかもと今想います。
土の中は真っ暗で恐い・・。光を感じることができず、いつまでつづくかもわからない暗闇に心が潰れてしまいそうです・・。誰かここから出して!と叫んでも届かない。自分で出ようとしても今は手も足も羽根もない・・。ただじっと、光を諦めないようにひたすらに今日を過ごす・・。そんな風に現状を地獄でも見ているかのように感じ取っていたかもしれません・・。
だけどもし幼虫の季節に誰かが私を土の中から救い出してくれていたらそれこそ今私はここに居るどころかカラスの餌にでもなっていたかもしくは陽にあたってカピカピになっていたのだから「誰も引っ張り出してくれなくてほんとうにありがとう!!」と感謝するべきです!・・というのは半分冗談ですが^^
「苦しい」「恐い」と思っていた長い一日一日、本当はあたたかい肥えた土の中で栄養満点、守られてすくすくと育っていたのです。
地上には胎児のように土の中でまぁるくなっている私の上で、時には仁王立ちになり、スコップを持った山芋堀りの団体を追い払ってくれた人・・それから、冬の霜にやられないよう、そっと落ち葉をかけてくれるような優しさを分けていてくれた人たちがたくさん居たのでした。 

孤独に暗闇に目を瞑ることは、しあわせを拒むことに似ています。
人はやはり「ひとり」です。 でも心の瞳さえ閉じなければ、やさしさを素直に受け入れて誰かに分けることができたら、「ひとり」だけどとてもしあわせな人生になります。これからは自分の持っている何かを誰かに届けに行くのではなく、誰かのやさしさや愛を感じて受けとることができたらそれを両手にいっぱい、こぼさないようにしてお届けする・・。
そんな風に歌ってゆきたいです。

9月 08



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追伸・・・
「いくのちゃん!!蝉の命は一週間だけど大丈夫??」と今不安に思った人、
大丈夫です^−^!
蝉ではないからね・・・^−^;